
AYUさん 2019/7/2 (火) 11:15

久しぶりの日誌更新です。
7月に入り夏本番も目の前ですが、九州地方は遅い梅雨入りをしたと共に被害が出る程の大雨になっている所もあります。
まだ雨は続くとの予報が出ていますがこれ以上の被害が起きない事を祈るばかりです。
令和元年を迎え2ヵ月が経過しましたが、あれだけ違和感を感じていた「令和」という元号にも意外と馴染むのが早く、名残り惜しかった「平成」も今はすっかり過去と受け入れてる自分がいたりします。不思議なものですね・・
人は目に見えない明日を迎える事には少し臆病なのかもしれません。
幸せで平穏な明日が来るとわかっていたら誰もが喜んで明日を迎える事でしょう。
先日、6月最後の日曜日。
自宅から少し車を走らせると、目の前に海岸が広がる砂地に、ハマナスという花が咲く公園へ行ってきました。
そこはその昔、映画の舞台のひとつとなった灯台のある公園で、自身の市町村の花であもあるハマナスの花が広い砂地に自生する場所なのです。
今まで何度か足を運んでいるけれど、なかなか花が咲き乱れるという風景は見ることが出来ず、パッと見た感じでは緑が生い茂っていて花はほとんど目に入りませんでした。
でも目線を落とし、遊歩道を歩き進めていくと、所々ですが砂地に濃いピンクのハマナスがいくつか咲いていました。
写真を撮りたかった私は綺麗に開花しているものを探すけれど、なかなか見つける事が出来なくて、好きな画角で写真に収める事が出来ずで、花と灯台を同じ1枚に収める事は出来ませんでした(涙)
あらためて自宅に戻りハマナスについて色々調べてみて初めて知った事がありました。
初夏から晩夏にかけ次々と花を咲かせるハマナスのひとつひとつは花の命が短い「一日花」と言うこと・・・そしてそれに由来する花言葉は・・・
「悲しく美しい」と言うこと。
「一日花」のハマナス・・・なぜ花びらが落ちかけていたり、萎びているものが多いのか理由がわかりました。
その中で見つけた綺麗に開花するハマナスは、その美しく咲く瞬間を見れただけで小さな奇跡だと思いました。
明日この美しく咲くハマナスに会う事は出来なかった・・・そう思うだけでちょっと感動しました。
50歳を過ぎ今までとは少しだけ違う自分が居ます。
ものの見え方や捉え方、感じ方が変わったり・・・自分ではいい変化だと感じています。
「喜びも悲しみも幾年月」
この場所が舞台のひとつになった映画のタイトルと歌の歌詞が歌碑となって公園入口にありました。
何度も来ていたのに目にも止めていなかった歌碑や歌詞・・・
そして当たり前に季節の花として目に入っていたハマナス・・・
ほんの小さな奇跡を見つけた日曜日の午後でした・・・。
小さな奇跡はきっとたくさん自分の周りにあるんですね!
これからもそのひとつひとつに気が付ける自分でいたいと思っています。
皆様にも穏やかな毎日と素敵な奇跡が訪れますように・・・
AYU♡
みんなのコメント
- コメントを投稿された時点で、利用規約に同意したものとみなします。
- 投稿後は編集・削除できません。
- 記事が削除された場合、投稿したコメントも削除されます。ご了承ください。
- 不適切なコメントは削除されます。
なお、不適切なコメントを続ける場合はコメントを制限させていただく場合がございます。